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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)73号 判決

原告

株式会社武智工務所

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和59年(行ケ)第73号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和59年1月6日、同庁昭和57年審判第68号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和50年8月2日、名称を「基礎杭の施工工法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和50年特許願第94516号)をし、昭和54年8月1日に出願公告(特公昭54―21649号)があつたところ、特許異議の申立てがなされ、原告は、昭和55年5月12日付で明細書を補正したが、昭和56年10月7日に登録異議の申立ては理由がある旨の決定と同時に拒絶査定を受けたので、昭和57年1月6日、これを不服として審判の請求(昭和57年審判第68号事件)をしたが、昭和59年1月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年2月14日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

1 杭柱を挿通するオーガー軸の先端にオーガーヘッドを設け、該オーガーヘッド上部のオーガー軸に開刃時の回転径が杭柱の径より大なる球根形成刃を開刃自在に取り付け、該球根形成刃を閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容しながら所定地盤を前記オーガーヘッドで掘削穿孔し、所定深さに到達すれば前記球根形成刃を杭柱の下端部から若干下方へ突出させ、また前記球根形成刃を開刃し、該球根形成刃にて杭柱下方に径大なる球根孔を削孔し、該球根孔にモルタル等の凝結材を充填して杭柱下方に径大なる球根部を造成する基礎杭の施工工法。(以下「本願第1発明」という。)

2 杭柱を挿通するオーガー軸の先端にオーガーヘッドを設け、該オーガーヘッドの上部に開閉自在な拡大刃を取り付け、さらにその上部に開刃自在に球根形成刃を取り付け、前記拡大刃の回転径を杭柱の径と略々同一に、また前記球根形成刃の回転径を杭柱の径より大なるように形成し、前記球根形成刃を閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容しながら所定地盤を前記オーガーヘッド及び開刃した拡大刃で杭柱を回転しつつ掘削し、所定深さに到達すれば前記球根形成刃を杭柱の下端部から若干下方へ突出させ、また前記球根形成刃を開刃し、該球根形成刃にて杭柱下方に径大なる球根孔を削孔し、該根孔にモルタル等の凝結材を充填して杭柱下方に径大なる球根部を造成する基礎杭の施工工法。(以下「本願第2発明」という。)

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された特公昭48―1899号公報(以下「引用例」という。)には、先端に錐先を設け、その上方に開刃時の回転径が杭径より大きな掘削刃を開閉自在に取り付けたオーガー軸を中空杭の内部に挿通し、オーガー軸の回転により杭柱下方の地盤を掘削刃によつて掘削して杭を所定の深度に打設し、その後掘削刃を拡開しながら回転させ、杭下端部に径大な空洞部を形成し、この空洞部に掘削刃先端の噴出口よりモルタル等の凝固材を注入し、球根部を造成するコンクリート杭の築造工法が記載されている。

本願第1発明と引用例記載の発明とを比較すると、引用例にはオーガー軸先端の錐先について格別の記載はないが、その形状からみてオーガー軸の回転により土地を掘削する作用を有するものと認められるので、引用例記載の発明の錐先は本願第1発明のオーガーヘッドに相当し、また、引用例記載の発明の掘削刃は球根形成刃でもあるので、両者は、杭柱を挿通するオーガー軸の先端にオーガーヘッドを設け、このオーガーヘッド上部のオーガー軸に開刃時の回転径が杭径より大なる球根形成刃を開刃自在に取り付け、地盤をオーガーヘッドで掘削穿孔し、所定深さに到達すれば球根形成刃を杭柱下端部で開刃し、この球根形成刃で杭柱下方に径大なる球根孔を削孔し、この球根孔にモルタル等の凝結材を充填して杭柱下方に径大なる球根部を造成する点で一致し、本願第1発明では球根形成刃が地盤の掘削穿孔時には閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容され、球根形成時には杭柱の下端部から若干下方へ突出して開刃されるのに対し、引用例記載の発明では、球根形成刃(掘削刃)がオーガーヘッド(錐先)と共に地盤を掘削し、球根形成時にはその状態から更に拡開される点で相違するものと認められる。そこで、右相違点につい検討すると、右相違は、本願第1発明が球根形成刃を地盤掘削には用いないのに対し、引用例記載の発明は球根形成刃を地盤掘削にも用いることに基づくものであり、通常の技術手段であるオーガーヘッドのみで地盤を掘削するのもオーガーヘッドと掘削刃の両方で掘削するのも杭打設の作用効果において格別の差異はなく、本願第1発明引用例記載の発明に比べ格別優れているものと認められないので、前記構成の差異は単なる設計的事項にすぎないものと認める。なお、請求人(原告)は、審判請求理由補充書で、本願第1発明の場合、杭柱下端部に球根形成刃を収容するため、正転、逆転に関係なく掘削することが可能となると述べているが、引用例記載の発明に係るものも正転、逆転に関係なく掘削可能であり、更に付言すれば、球根形成刃や掘削刃を本願発明と同じような方法で杭柱内に収納し杭柱下方で開閉させることは、特開昭49―57616号公報にみられるように本願発明の出願前公知である。

以上のことから、本願第1発明は、引用例記載の発明と同一と認められるので、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。したがつて、本願発明についての特許出願は、本願第2発明について審理するまでもなく拒絶すべきものとする。

4  本件審決を取り消すべき事由

引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであること、並びに本願第1発明と引用例記載の発明との間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点があることは認めるが、本件審決は、右相違点について検討するに際し、右相違点がもたらす作用効果上の顕著な差異を看過した結果、右相違点は単なる設計的事項にすぎず、本願第1発明は引用例記載の発明と同一発明であるとの誤つた判断を導いたものであり、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、

本願発明は、オーガー軸の先端に杭柱の径よりやや大きい回転径を有する掘削刃を開閉自在に取り付け、該掘削刃の回転掘削により杭柱周辺の挿入摩擦抵抗を低減しながら杭柱を地中に挿入するところの従来の基礎杭の施工工法を改良しようとするもので(本願発明の特許公報第2欄第8行ないし第13行)、従来の施工工法においては、杭柱の径よりやや大きい程度の回転径を有する掘削刃しか用いられなかつたため十分な大きさの球根孔を形成することができず、掘削刃の回転径の大きさを十分な球根孔が形成できる程度にすると、掘削孔もその分大きくなつて杭柱と周辺地盤との摩擦抵抗を著しく減らしてしまうことから、右摩擦抵抗を著しく減らすことなく、しかも、杭柱の先端部に杭柱の径より大きい球根部を形成することを目的とし(同第2欄第14行ないし第21行)、前記本願発明の要旨1及び2記載の構成を採用することにより、杭柱の周囲の地盤を弛めることなくその下方の地盤に所期の球根部を形成することができるとともに、特に、地盤掘削中には球根形成刃を閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容するという構成を採用したことにより、地盤の掘削の際に杭柱内の球根形成刃が軸孔内に入つた土砂の抵抗で開刃しようとするのを軸孔の内壁をストツパーとすることによつて防止することができ(同第3欄第27行ないし第30行)、右開刃を防止するための特別の装置を付加する必要性及び右装置を付加した場合の掘削時における障害を惹起するおそれを除去するという作用効果を奏するのに対し、引用例記載の発明は、爆薬等の起爆力で球根部を造成するという従来工法の危険性等を解消することを目的とする発明であつて(引用例第1欄第32行ないし第2欄第8行)、引用例の特許請求の範囲の項記載の構成を採用することにより、爆薬で球根部を造成するという従来の工法の危険性等を解消し、球根部の径を掘削刃の長さによつて任意自在に造成することができるという作用効果は奏するものの(同第3欄第16行及び第17行)、引用例の第1図の記載からも明らかなとおり、掘削刃の開きを所定の位置に固定する支持腕を必要とし、かつ、その支持腕が掘削刃の下方に設けらけれていることから、掘削刃に先行して掘削を妨げることになるのであつて、本願第1発明は、地盤掘削中は球根形成刃を軸孔に収容するという引用例記載の発明にはない構成を採用することにより、引用例記載の発明にはない前記格別の作用効果を奏し得たものである。また、本件審決は、右相違点について、「この相違は本願第1発明が球根形成刃を地盤掘削には用いないのに対し、引用例記載の発明は球根形成刃を地盤掘削にも用いることに基づくものであり」と要約し、「通常の技術手段であるオーガーヘッドのみで地盤を掘削するのもオーガーヘッドと掘削刃の両方で掘削するのも杭打設の作用効果において格別の差異はなく」と認定しているが、前述のとおり、引用例記載の発明のような構成のオーガーヘッドと掘削刃の両方で地盤を掘削すると、掘削刃よりその支持腕の方が先行することから、掘削を妨げることになるのに対し、本願第1発明のようにオーガーヘッドだけで地盤を掘削する場合は、掘削を妨げるものが全く存在しないので、両者は杭打設の作用効果において格別の差異があるといえる。以上のことからして、前記構成上の相違点は単なる設計的事項とはいえない。

被告は、引用例記載の発明は、掘削穿孔の際に掘削刃を杭体内に収納し得るものであり、錐先のみで掘削する場合には当然掘削刃は杭柱の下端部の杭柱内に収容される旨主張するが、引用例記載の発明において、掘削穿孔の際に掘削刃を杭柱内に収納すると、その状態では掘削刃で地盤を掘削できなくなり、掘削時における掘削刃本来の作用を妨げることになることはもち論、特に本件審決が、引用例記載の発明は「掘削刃が錐先と共に地盤を掘削」する点で本願第1発明とその構成を異すると認定したことと矛盾する。また、引用例の杭柱とオーガー軸、作動軸との相対的距離を調節し、球根形成には、オーガー軸に対して作動軸を下方に移動させて本願第1発明とすることは、当事者が適宜採用し得る程度の技術的事項である旨の被告主張の点は、引用例記載の発明に係るものをそのようにすることは、引用例記載の発明に係るものの本来の使い方ではないから、たとえ、引用例の杭柱とオーガー軸、作動軸との相対的距離を調整し、球根形成時に、オーガー軸に対して作動軸を下方に移動させて本願第1発明のようにすることは、当事者が適宜採用し得る程度の技術的事項であるとしても、そのことから直ちに本願第1発明が引用例記載の発明と同一発明であるとはいい得ない。更に、本願第1発明の前記作用効果について布衍すれば、本願第1発明は、その明細書に記載したとおり、球根形成刃6を上下方向に開閉できるような構造にした場合でも、掘削穿孔時それを閉じた状態で、杭柱の内部に収容することを要件としているので、その際、掘削刃が土圧抵抗で上下方向に開こうとしても、杭柱の内壁がストツパーとなることは明らかであり、また、本願第1発明の特許請求の範囲1には、「球根形成刃を閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容しながら所定地盤を前記オーガーヘッドで掘削穿孔し」と記載してあり、この構成によつて前記作用効果を充分得られることが明らかである。

第3被告の主張

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告が主張するような違法の点はない。

引用例には、「掘削装置を用いて地中に杭体aを打設せしめるにおいて先づ杭体aの中空孔a'内に前記掘削装置を嵌挿し」(第1頁右欄第21行ないし第23行)、「モルタル固結前に掘削刃3、3をオーガー軸1内に収納し、作動軸2と共に上方に引上げて杭体aより抜去行わしめることによつて、その作業は完了する」(第2頁左欄第3行ないし第6行)と記載されており、このことは、オーガー軸1と作動軸2が杭体内に出入自在であり、杭柱内の所定位置までオーガー軸と作動軸とを挿入して、掘削刃を杭柱内に収納し得ることが技術的に可能であることを示唆しているものと認められる。そうであるとすると、地盤の硬軟、掘削時間の節約などの関係で錐先6のみで掘削する場合には、当然に掘削刃は杭柱の下端部の杭柱内に収容され、掘削穿孔時には使用されない状態になるものであり、所定深さ掘削後に球根部を形成する場合には、オーガー軸に対して作動軸を下方に移動させて杭柱から掘削刃を引き出し、球根部を形成することになるものであつて、技術的にみて引用例記載のものは、このことが可能であるものと認められる。してみると、引用例に記載の杭柱とオーガー軸、作動軸との相対的距離を調節し、球根部を形成するには、オーガー軸に対して作動軸を下方に移動させて本願第1発明とすることは、当業者が適宜採用し得る程度の技術的事項であり、また、オーガーヘッドで掘削し、杭柱を所定深さまで挿入した後、球根部を造成し、支持力の大きな基礎杭を施工するという効果においても両者は共通の域を出ないものと認められるので、本件審決の判断に誤りはない。原告は、杭柱P内の球根形成刃は掘削により軸孔P内に入つた土砂で開刃しようとするが、軸孔Pの内壁がストツパーとなつてその開きを防止できるという点、右の開きを防止するための特別の装置を付加する必要性がないという点及び特別の装置を付加した場合の掘削時における障害を惹起するおそれがないという点に本願第1発明の作用効果がある旨主張するが、本願発明の特許公報には「また球根形成刃6及び拡大刃3は土圧抵抗で水平に開く例を示したが、これを上下に開くようにしても、またその他の手段で開くように取り付けてもよい」(第2頁右欄第15行ないし第18行)との記載があり、更に、本願第1発明には、この点の構成を特定づける記載もないところからして、原告のこの点に関する主張は失当の域を免れない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 原告は、本件審決は、本願第1発明と引用例記載の発明との間に存する構成上の相違点がもたらす作用効果上の顕著な差異を看過した結果、右相違点を単なる設計事項にすぎないものとし、ひいて、本願第1発明をもつて引用例記載の発明と同一発明であるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、右主張は、以下に説示するとおり、理由がないものというべきである。

前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証の1(本願発明の特許公報)及び同号証の2(手続補正書)を総合すれば、本願発明は、既製杭を地中に無音無振動で施工すると同時に該杭の下方に支持力の強大な球根部を一体的に施工する基礎杭の施工工法に関する発明であつて、従来の基礎杭の施工工法は、杭柱を挿通するオーガー軸の先端に杭柱の径よりやや大きい回転径を有する掘削刃を開閉自在に取り付け、該掘削刃の回転掘削により杭柱周辺の挿入摩擦抵抗を低減しながら杭柱を地中に挿入するというものであつたが、この杭柱の先端に造成する球根部の大きさは掘削刃の回転により形成される径の大きさしかないため十分な支持力を得られず、また、掘削刃の回転径を杭柱の径より大きくすると、地盤の掘削孔もその分杭柱の径より大きくなつて、施工後の杭柱と周辺地盤との摩擦抵抗が著しく減じてしまい、しつかりとした基礎杭を施工することができないという問題を有していたことから、本願第1発明は、右問題を解決し、地盤掘削に際しては、杭柱と周辺地盤との摩擦抵抗が減じない大きさの掘削を行い、かつ、杭柱先端の球根孔の削孔に際しては、強力な支持力が得られる大きさの球根孔を削孔することを目的として、前示本願第1発明の要旨(本願発明の明細書の特許請求の範囲の項1の記載と同じ。)記載のとおりの構成を採用し、その結果、杭柱と周辺地盤との間には摩擦抵抗があるとともに、杭柱の下端部の下方に杭柱の径より大きな球根部を造成することができ、支持力の大きい基礎杭を施工することができるという作用効果を奏し得たものであり、その特徴は、オーガー軸の先端に設けたオーガーヘッド上部に球根形成刃を開刃自在に取り付け、地盤掘削はオーガーヘッドのみで行い、球根形成刃は閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容しておき、所定深さに達した段階で球根形成刃を下方に突出させて開刃し、杭柱の径より大きい球根孔を削孔する、という構成(別紙図面(1)中第3図参照)を採用した点にあるものと認められる。これに対し、原告自認に係る本件審決認定の引用例の記載内容に成立に争いのない甲第3号証(引用例)を総合すれば、引用例は、名称を「コンクリート杭の築造工法」とする発明の特許公報(昭48―1899号)であつて、その特許請求の範囲の項には、「先端部にモルタル、水等の噴出口9、9を開口設けてなる掘削刃3、3を拡開廻転自在状に軸下端部に設置してなるオーガ軸1を打設杭体a内に嵌挿して該杭体aと共に地中に打設沈下し、此れが所定の深度に到達時に油圧力を介して前記掘削刃3、3を拡開回転せしめて地中に径長なる空洞部cを掘削し、而して前記掘削刃3、3の噴出口9、9より前記空洞部c内にモルタルを噴出注入してオーガ軸1を抜杆することによつて杭下端部に径長大なる球根部Dを造成得ることを特徴とするコンクリート杭の築造工法。」(別紙図面(2)参照)との記載があり、その発明の詳細な説明の項には、「該空洞部を地中に穿孔する手段として通常爆薬等の起爆力を介して掘孔行なわれているがために、斯かる爆薬の扱用に高度の技術、機器を要し剰つさえ危険性の危惧が存し、殊に地質等の関係にて地中に理想的なる空洞部、球根部を造成求めることは全く不能である。」(同号証第1頁第2欄第1行ないし第6行)旨の従来の球根形成手段の欠点を指摘した記載に続いて、「本発明は斯かる欠点を解消するもの」である旨の記載(同号証第1頁第2欄第7行及び第8行)及び「その目的とするところは打設杭体下端部に掘削刃の長さに応じて自在大きさの径長径大なる球根部を迅速確実に造成せしめ、以て地中に支持力なる杭体を築造行なわしめんとするところにある。」(同号証第1頁第1欄第27行ないし第31行)旨の発明の目的についての記載があり、更に、図面の実施態様の説明として、「叙上構造の掘削装置を用いて地中に杭体aを打設せしめるにおいて先づ杭体aの中空孔a'内に前記掘削装置を嵌挿し、オーガ軸1に回転動力を附与せしめ乍ら掘削刃3、3によつて所定の深度にまで打設するが、所定の深度到達時に油圧にて作動軸2を圧下させるにおいて掘削刃3、3は、回転方向に拡開し乍ら廻転し、以て杭体a下端部に該拡開掘削刃3、3と同長の径大なる空洞部cを掘削することができ得るのである。」(同号証第1頁第2欄第21行ないし第29行)及び、「尚、前記モルタル固結前に掘削刃3、3をオーガ軸1内に収納し、作動軸2と共に上方に引上げて杭体aより抜去行わしめることによつてその作業は完了する。」(同号証第2頁第3欄第3行ないし第6行)旨の記載があることが認められ、右各記載並びに同号証の図面によれば、引用例には、杭柱を挿通するオーガー軸の先端に錐先を設け、該錐先の上部のオーガー軸に地盤掘削及び球根孔削孔に用いる掘削刃を開刃自在に取り付け、地盤掘削に際しては、錐先と拡開の程度を杭柱の打設に適する大きさに拡開した右掘削刃を用い、所定深さに到達した段階で右掘削刃を球根孔の削孔に適する大きさまで更に拡開して杭柱の下に杭柱の径より大きい球根孔を削孔し、該球根孔にモルタルを充填し、全体として支持力の大きい杭体を築造する工法が開示されているということができ、その特徴は、オーガー軸の先端に設けた錐先上部に地盤掘削及び球根孔削孔に用いる掘削刃を拡開自在に取り付け、地盤掘削には錐先及び杭柱と周辺地盤との摩擦抵抗が減じない程度の大きさに拡開掘削した掘削刃を用い、所定深さに達した段階で掘削刃を球根孔の削孔に適した大きさに拡開して杭柱の径より大きい球根孔を削孔するという構成を採用した点にあるものと認めることができる。

叙上認定の、本願第1発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明の「錐先」が本願第1発明の「オーガーヘッド」に相当し、両者は、共に、杭柱を挿通するオーガー軸の先端に地盤掘削用のオーガーヘッド(錐先)を設け、オーガーヘッド(錐先)上部のオーガー軸に拡開時の回転径が杭柱の径より大きい球根孔削孔用の刃を拡開自在に取り付け、地盤を掘削穿孔して所定深さに達した段階で球根孔削孔用の刃を杭柱下端部で拡開し、この球根孔削孔用の刃で杭柱の下方に杭柱の径より大きい球根孔を削孔し、この球根孔にモルタル等の凝結材を充填して杭柱の下方に杭柱の径より大きい球根部を造成するという点で一致し(この点は、原告の自認するところである。)したがつて、両者は、この点の技術的思想及び構成を同じくするものであるところ、本件審決認定のとおり、本願第1発明では、球根形成刃が地盤の掘削穿孔時には閉じた状態で杭柱の軸孔下端部に収容され、球根形成時には杭柱の下端部から若干下方へ突出して開刃されるのに対し、引用例記載の発明では、球根形成刃(掘削刃)がオーガーヘッド(錐先)と共に地盤を掘削し、球根形成時にはその状態から更に拡開される点において相違することは、明らかである(なお、本願第1発明と引用例記載の発明とが叙上の点において相違することも、原告の自認するところである。)。

そこで、叙上の事実に基づいて、右相違点について検討するに、本願第1発明は、前認定のとおりオーガーヘッドのみで地盤掘削を行うことを前提とした発明であつて、しかもオーガーヘッドの改良に関する発明ではなく、したがつて、本願第1発明が、引用例記載の発明と異なり、地盤掘削をオーガーヘッドだけで行うこととした点には格別の技術的意義を見出すことができない。また、地盤掘削と球根孔削孔の両方に用いられる引用例記載の発明の掘削刃の代わりに、地盤掘削用の掘削刃と球根孔削孔用の球根形成刃とを各別に用いることは、単に、2つの機能を兼用する単一の刃に代えてそれぞれ別個の機能を担う2つの刃を用いることにしたもので、そのことによる格別の作用効果の差異がない限り(本件において右の差異がないことは後記認定のとおりである。)最も基本的な代替手段というべきである(ちなみに、本願第2発明の発明は、その要旨によれば、オーガーヘッドに加えて杭柱の径とほぼ同一の掘削刃を用いて地盤の掘削を行い、かつ、右掘削刃とは別に球根形成刃を用いて球根孔を削孔するという構成を採用した基礎杭の施工工法についての発明であり、掘削刃と球根形成刃の両方用いた場合に相当する。別紙図面(1)中第2図参照)。更に、本願第1発明において、地盤掘削用のオーガーヘッドと球根孔削孔用の球根形成刃とを別々に設け、地盤掘削にはオーガーヘッドだけを用いるという構成を採用したのは、前認定のとおり、地盤掘削に際して周辺地盤との摩擦抵抗が減ることがないようにすると共に球根孔の削孔に際しては強力な支持力が得られる大きさの球根孔を削孔するという目的を達するためであり、そのような構成を採用する以上、地盤掘削の際に球根孔削孔用の球根形成刃を作動させない状態で配置することは当然のことであつて、そのため球根形成刃の大きさを開刃すれば杭柱の径より小さくなるようにして杭柱の軸孔下端部に収容し、球根孔の削孔に際しては、杭柱の軸孔下端部から突出させて開刃させるように構成することは、当業者が適宜に採用し得る単なる設計手段にすぎないものというべきである。しかも、前認定のとおり、引用例記載の発明においても掘削刃の拡開が自在であつて、拡開の程度を杭体と同じ程度にすれば、周辺地盤との摩擦抵抗を著しく低減させることができないことからして、錐先と拡開の程度を杭体と周辺地盤との摩擦抵抗が減じない程度に調整した掘削刃によつて地盤掘削を行う場合には、本願第1発明のようにオーガーヘッドだけで地盤掘削を行う場合と比べて杭打設の作用効果の点において格別の差異を生ずるものとは、到底認めることができない。以上のことからすると、本願第1発明と引用例記載の発明との前記構成上の相違点は、単なる設計的事項にすぎないものと認めるのが相当である。原告は、本願第1発明は、地盤掘削中には球根形成刃を軸孔下端部に収容するという構成を採用したことにより、地盤掘削の際に杭柱内の球根形成刃が軸孔内に入つた土砂の抵抗で開刃しようとするのを軸孔の内壁をストツパーとすることによつて防止することができ、右開刃を防止するための特別の装置を付加する必要性がないという引用例記載の発明にはない格別の作用効果を奏する旨、また、引用例記載の発明においては、オーガーヘッドと掘削刃の両方で地盤を掘削すると、掘削刃よりその支持腕の方が先行することから、その支持腕が掘削刃による掘削を妨げることになるのに対し、オーガーヘッドのみで掘削する場合は、掘削を妨げるものが全く存在しないので、両者は杭打設の作用効果において格別の差異がある旨主張するが、右前段主張の本願第1発明の作用効果は、地盤掘削をオーガーヘッドだけで行い、球根形成刃は杭柱の軸孔下端部に収容するという構成を採用したことに伴う、すなわち、設計変更に伴う自明の作用効果にすぎず、また、右後段主張の点については、仮に原告が主張するような作用効果の差異があるとしても、本願第1発明がオーガーヘッドだけで地盤を掘削することを前提とする発明であり、引用例記載の発明の錐先が本願第1発明のオーガーヘッドと同様の働きをするものである以上(この点は、前記のように原告も認めて争わないところである。)、両者のこの点の差異をもつて格別のものと認めることはできない。

したがつて、前記構成上の相違は単なる設計的事項にすぎないものと認める旨の本件審決の認定判断は相当というべきである。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 清永利亮 川島貴志郎)

〈以下省略〉

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